読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

虎尾伴内の手帳 ~真夏の顔を持つ男~

ただしBREEZEは鼻から通り抜ける

「クリスマス中止」中止のお知らせ ~もうプレゼントはもらえないけれど~

この記事は「いつまでクリスマスを中止し続けるつもりだ!」というお話。

確かに非リア充(≒恋人なし男女)にとっては、いつの間にやら広がった「クリスマス=恋人と過ごす」的な風潮が、自分を責めているような、嘲っているような感じがして、僕も含めたモテない人々がネタ半分で「クリスマス中止」と言っている。

http://blog-imgs-31.fc2.com/k/m/k/kmktwo/20081211005220s.jpg

シャツだって売っている。

そもそも、クリスマスを中止する理由は何だろう。

元々クリスマスはわが国では、本来の宗教的儀式としてではなく、プレゼントのやり取りをする「口実」として、お歳暮やお中元的な感じで、行われている。

親が子に戦隊ヒーローのおもちゃや、カラフルな魔法少女たちのグッズを買い与えたり、彼氏が彼女から、プレゼントのバッグのお返しで欲しかったもの(意味深)をもらったり。

もちろん友人や、同僚の間でもやりとりはするが、そんなのは微々たるもので、本当に欲しかったものがもらえることは決してない。

現に私が去年職場で行われたクリスマスパーティに用意したのは、「鏡餅」「お神酒」だった。微妙に滑っていて、非常に恥ずかしかった。

鏡餅 ぷち ぐでたま  きりもち約1個入り 50g

鏡餅 ぷち ぐでたま きりもち約1個入り 50g

 

 

結局、日本人にしてみれば「プレゼント」をもらえなかったら、もうそれはクリスマスではないのだ。

「クリスマス中止」と騒ぐ人たちは、要するに、プレゼントがもらえない人たちだ。

・子供ではなくなり、もうプレゼントがもらえない。

・彼女or彼氏がおらず、まだプレゼント(意味深)やお返し(意味深)がもらえない。

 

「もうもらえない」そして「まだもらえない」という苦しみ。この2点が、人々を「クリスマス中止」へと駆り立てているのだ。

どう理論的に取り繕ったって(いや、説明すればするほど)、結局のところは自分にプレゼントがもらえない寂しさが根底にあることは変わりない。

 

クリスマス中止の歴史は、長い。

2003年、当時の2ちゃんねるに「クリスマス中止のお知らせ」として、投稿されたネタが、自然発生的に広まったのが始まりだ。

今は2015年だから、ちょうど12年。干支を一回りしてしまったことになる。

当時16歳だった僕も、今では28歳。当然彼女はいない。(なお友人は二人目の子供ができた、と僕に報告してきた)

でも、私は言いたい。

「クリスマス中止」中止にしませんか?

 

だって僕たちは、もう大人になったのだから。

大人と言ったら、プレゼントをあげる側じゃないか。別に自分の子供じゃなくても、親でも友人でも兄弟でも、プレゼントをあげるべき人はいくらでもいるじゃないか。

僕らはもう、サンタクロースなのだ。

サンタクロースが、クリスマスを中止にする理由が、一体どこにあるだろう。

つーわけで、クリスマスは何の予定もないが、実家暮らしの身として、家族になにかうまいものでも買って帰ろうと思う。

なぜなら僕はサンタクロースだからだ。

 

恋人がサンタクロース

恋人がサンタクロース